ピクトグラム トイレ。 トイレのサインから見る、人の認知能力とUX

バリアフリー:案内用図記号(JIS Z8210)(令和元年7月20日)

ピクトグラム トイレ

独自に浸透した日本のトイレマーク 初めて訪れる場所で、まず押さえておきたいのがトイレの場所だ。 日本人に何を頼りにトイレを探すのかと聞けば、「お手洗い」「 Toilet」といった文字ではなく、赤と青の人の形が並んだピクトグラム(案内用図記号)と答える人が多いのではないだろうか。 羽田空港国際線ターミナルにあるトイレの標識(時事) 上の東京国際空港(羽田空港)のトイレ標識は、日本工業規格( JIS)のものが使われている。 アメリカ・グラフィック・アーツ協会( AIGA)や国際標準化機構( ISO)の推奨するピクトグラムも大きな違いはなく、男性が青でズボン、女性が赤でスカートというデザイン。 つまり、事実上の世界標準(デファクトスタンダード)といえるのだが、このマークが全世界に深く浸透しているわけではない。 単色で使われる場合も多く、色分けでは男女を認識できないという外国人もいるのだ。 トイレのマークを含むピクトグラムが日本で利用されるようになったのは、 1964年に開催された東京五輪がきっかけといわれる。 日本語という独自言語を用いる国ということもあり、海外からの観戦も多い大イベントを機に、言語表示なしで施設や場所などを案内できる方法として採用したのだ。 トイレマークを分かりやすくするのには苦労したようで、さらに色分けも施された。 70年の大阪万博の会場でも積極的に活用されたことで、日本国民に広く浸透し、海外にも伝わっていった。 現在は、ほとんどの日本人がピクトグラムと色分けだけでトイレの場所を認識できるようになり、商業施設や飲食店などでは独自にアレンジしたトイレマークを表示している。 ホテル雅叙園東京(旧目黒雅叙園)のトイレマーク。 「昭和の竜宮城」と呼ばれるだけに、ズボンとスカートではなく着物姿の男女で表現 夏の阿波(あわ)踊りが有名な高円寺。 駅のトイレの入り口には、壁一面に男女それぞれが踊る姿が描かれている。 バナー写真は高円寺駅のガード下にある公衆便所で、こちらも阿波踊りをする男女のマークのみが表示されている 日本はある意味で、ピクトグラムと色分けが浸透し過ぎているともいえる。 施設や店では「Toilet」「Men」「Women」などの文字表示がなく、色付きのマークを小さく表示しているだけのトイレが少なくない。 日本人は特に、ピクトグラムよりも色分けでトイレを認識する傾向が強いようだ。 ドアや壁の色を青と赤にすることだけで、男女それぞれのトイレであることを表現している飲食店まである。 訪日観光客が増加する今、日本独自にアレンジされたマークではトイレと認識できない外国人がいることや、色分けの意味が分からない場合があることを理解しておく必要があるだろう。 そして、困っている人を見かけたら、すぐに案内してあげたい。 統一化が進み、誰でも入りやすいトイレへ 2020年東京五輪・パラリンピックを目前に控え、25年には大阪万博の開催も決定した。 50年以上をかけて日本独自に根付いたトイレのマークも改善が求められている。 近年は、色分けの意図が分からない外国人や、色覚障害者への配慮といったバリアフリーの観点から、単色のピクトグラムと文字情報を合わせて表示する施設が増えているように感じる。 さらにジェンダーフリーを推進するため、誰でも入りやすいトイレマークを考案しようという動きもある。 同性カップルを結婚に相当する関係と認める「パートナーシップ証明」を日本で初めて発行した渋谷区では、役所の仮庁舎にある「だれでもトイレ」のピクトグラムをLGBT(性的少数者)運動の象徴・レインボーフラッグのように虹色で表現した。 また同じ渋谷にあるMEGAドン・キホーテや、訪日観光客が多い京都のホテルのトイレでは、片側がズボンで反対がスカートのピクトグラムを採用している。 ホテルグランヴィア京都が採用したトイレマークには「Gender Neutral Bath room」の文字が(時事) 日本では多機能トイレの進歩が著しく、機能表示も独自に複雑化してきた。 あらゆるトイレを見てきた私でも、たまに「流す」ボタンがどれか分からずに焦るほどだった。 それが、17年以降に生産された製品からは、「トイレ操作パネルの標準ピクトグラム」に統一されている。 訪日観光客にも周知されれば、日本が誇る温水洗浄便座を快適に使ってもらえることになるだろう。 日本レストルーム工業会が策定した「トイレ操作パネルの標準ピクトグラム」 トイレのマークが統一され、誰にでも優しいトイレになるのは素晴らしいこと。 しかしながら、変わり種トイレを愛するトイレハンターの私としては、個性的なマークに出会える機会が減るため、少し寂しい状況なのだ。 成田国際空港で見つけた「子どもトイレ」のサイン。

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東京2020オリンピックスポーツピクトグラムの発表について

ピクトグラム トイレ

トイレマークの男女に色をつけたのはなぜ? NHK番組「チコちゃんに叱られる!」 2018年5月25日放送 によると、トイレマークを最初に色分けしたのは、1964年の東京オリンピック開催の前、トイレマークを制定したときが始まりとされていました。 グラフィックデザイナーの 道吉剛さんによるそうです。 道吉さんは、1964年の東京オリンピックが行われる際、各国選手団が迷わないよう「言語に頼らずに伝わるもの」として、施設を表すピクトグラムを検討していた若手デザイナー11人によるデザイン室のコーディネーターを務めた方。 このときのメンバーには、横尾忠則氏や宇野亜喜良氏など、そうそうたる顔ぶれが終結した模様です。 トイレマークのデザインは前からあったものの、検討会議のなかでは一からデザインを再検討したりしたそうです。 結局男女の立像に落ち着くも、 男性がスカートを履く国もあるということで、男女の色分けをすることになったそう。 実は当時、道吉さんのなかには「男=青、女=赤」という感覚はなかったといいます。 戦後のためカラフルなものがそうたくさんあるわけではなく、男女で色を分けるというものでもなかったそう。 しかし、色分けに関して考えていた時に、アメリカ人の子どもが、 青っぽい服の男の子と赤っぽい服の女の子であることを見て、この色分けは万国共通なのでは?と思い、提案したそうです。 この色分けはすんなり決まったそうで、それが採用されて今に至ります。 ちなみにトイレマーク自体が一番始めにうまれたのは、この東京オリンピックの検討会議のとき、とも言われますが、この件に関しては複数の説があるそうです。 トイレマーク誕生の詳細は以下ページもご参照ください。 男=青、女=赤の色イメージはいつから? 前述の「チコちゃんに叱られる!」によると、男=青、女=赤のイメージになったのは18世紀後半のヨーロッパとされました。 理由は、「庶民が貴族にムカついたから」といいます。 東京家政大学の能代慧子教授が解説するところによると、18世紀以前はむしろ、ナポレオンの真っ赤なマントに見られるように、上流階級の男性は赤を身に着けることが多かったそう。 庶民は染色しないものを着ることが多く、黒ずんだ色が主だった。 しかし産業革命がイギリスで起こり、庶民の生活の質が向上、プライドを持った庶民が貴族に反発するようになります。 そのなかで庶民の男性は、派手な貴族男性とは真逆の青系のもの、暗めでシックな装いをするようになり、一方で女性は明るい赤などを着るようになった。 ちなみに女性=ピンクとなったのは、1953年のアイゼンハワー大統領夫人マミー・アイゼンハワーさんが、夫の大統領就任式にファーストレディーとしてピンク色のドレスで登場、これが話題になったからとされました。 これによりローマの休日や大統領夫人は流行色のピンクを着たといいます。 また、日本でも高貴な人は赤など明るい色を着ていたようです。 と、今までチコちゃんの受け売りを書いてきましたが…。 う~む、納得するような…しないような???衣服の歴史の観点から、庶民男性が青をあえて着るようになったのはわかりました。 でも何故ここから、庶民女性は赤を着るのでしょうか???貴族に反発した男性に対し、貴族に憧れて赤を選んだ女性、ということなのでしょうか?あるいは、ただただ、男性の対として赤を選んだ、ということでしょうか?これは、衣服の歴史以外の観点からも検討の余地がありそうです。 ちなみに、日本の衣服の色の歴史も少し調べてみました。 ご参照ください。 ちなみにランドセルの色分けはいつから? 日本人が男=黒または青、女=赤と識別する原因のひとつに、ランドセルによる男女のイメージカラーの刷り込みがあると思われます。 今となっては色バリエーション豊富となったランドセルですが、一昔前までは男=黒、女=赤でした。 80年代生まれの私も、小学校全体を見渡しても例外なく男=黒、女=赤で固定されていました。 前述の東京五輪の道吉さんの言葉では、男女の色のイメージはなかった、といいますが、ランドセルはどうだったのか?と思い調べてみました。 ランドセルの起源はというと、明治18年、学習院が通学カバンとして使用することを定めたのがきっかけだそうです。 当時はリュックサックに近い形だったそうですが、明治20年に大正天皇の学習院入学を祝し、当時内閣総理大臣だった伊藤博文が特注で作らせたのが現代の箱型ランドセルのはじまりだそうです。 そして、素材が黒革に決定したのは、3年後の明治23年。 それからというもの、学習院では、現在も 男女ともに黒のランドセルを使用しています。 ちなみに、全国の国立や私立の小学校(つまりエリート小学校!)では、女の子も黒のランドセルの所が今も多いようです。 では、赤のランドセルはなぜ出てきたのでしょうか? 一説には、当時ランドセルは天然牛革でできていたそうですが、これを色ムラなく塗ることは難しく、比較的に美しく仕上げることができるのが黒と赤だったと言われます。 ただし、これにも諸説あり、単純に区別しやすいよう色が見やすい黒と赤になったとも。 戦前のランドセルは高級品で、使用していたのは一部の都市部くらい。 庶民は布バッグや風呂敷だったそう。 しかし昭和30年代以降の高度成長期を迎えた頃からランドセルが徐々に全国に普及し始めたそうです。 …というわけで、赤ランドセルが出てきた具体的な時期はわかりませんでしたが、昭和30年代になるまで庶民に広がらなかったという点を見ると、一部のエリート小学生が使っていたわけで、そのエリート小学生は女も黒ランドセルが多いという点を考えれば、赤ランドセルが広まったのはやはり昭和30年代頃かと思われます。 オリンピックのあった1964年は昭和39年。 ちょうどトイレマークを色分けしたのと前後するくらいですね。 赤と青は対比として素晴らしい構造? ここで私なりに調べてみると、2009年5月2日の日本経済新聞に入っている週刊冊子「日経plus1」で、「どうして男性は青、女性が赤なの?」という記事を見つけたのでこちらも紹介します。 この記事によると、男女の赤と青は 世界でも人気の2色で対比しているそうです。 武蔵野美術大学の千々岩英彰名誉教授が世界20か国約5,000人にアンケートした結果、好きな色1位が青、2位が赤だったそう。 寒色の代表色・青と暖色の代表色・赤で対比がしやすい。 ということと、 白黒だと弔事、紅白だと慶事という特定のイメージもないとのこと。 千々岩教授の同じ調査で男女のイメージ色を聞いても、男=青、女=赤になったそうです。 また、男女の色分けしたトイレマークの始まりはやはり東京五輪のトイレマークということで、色分けの際の「男=青・女=赤」については、「すんなり決まった」ということも触れていました。 対比をするというところで青と赤は最適といったところなのでしょう。 海外では?トイレマークの色分けあるの? こうして、現在の日本では当たり前のように男=青、女=赤が浸透していますが、海外はどうなのでしょう。 面白い実験データがあります。 男を赤、女を青と、男女の色を逆にしたトイレマークを設置してみて、どちらに入るか見たものです。 結果は、 日本人の大半が間違ったトイレに入ったのに対して、外国人はこの間違いをするケースが少なかった、ということでした。 つまり、大半の日本人はマークの色を、外国人の多くはマークの形を確認して入ったということです。 外国人では男=青、女=赤という色分けはあまり浸透していない、ということがわかります。 事実、外国のトイレマークは男女同色というのが多数だそうです。 色分けがされているのもありますが、少ないといいます。 香港は逆? イギリスから返還される前の香港では、 男が赤、女性が緑のものもあったそうです。 これは縁起をかついでとのこと。 しかし今はこの色分けもなくなりつつあるそう。 実際残っているものがあったら、このサイトでいつか紹介したいです。 海外で色分けがされていないわけは? この理由は、一つに色弱者への配慮。 色の違いがわかりにくい人が、それによって間違わないようにするため。 二つ目が、デザイン性の考慮。 オシャレスペースに、赤青のピクトグラムは目立ちすぎます。 色によるサインは、信号で使われていることからわかるように、瞬間で区別がつくほど強烈なもののようです。 これは、無意識下による判断により、間違ってしまうという危険性もあります。 そのため公共の場などでは、 色による感覚的な判断というのは危うさもはらんでいるということを私たちは押さえておかねばなりません。 トイレマーク色分けまとめ! トイレマークの色について考察しましたが、まだまだ男女の色分けはよくわからないことがあります。 マークもしかりです。 男女の違いってあるようで、突き詰めていくと、もやがかかったようになってしまいます。 でも、その答えのない面白さを眺めるのが好きで、10年続けているんですけどね。 参考 NHK「チコちゃんに叱られる!」2018年5月25日放送分『なぜ「男は青」「女は赤」?』 日本経済新聞「日経plus1」2009年5月2日「どうして男性は青、女性が赤なの?」 日経電子版「始まりは64年TOKYO 言語を超えたピクトグラム」(日本経済新聞2016年10月13日付朝刊) 日本気象協会 tenki. jpサプリ「 どうしてあの色や形に決まったの?意外に知らないランドセルの歴史」2015年3月25日 こちらの記事もチェック!.

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バリアフリー:案内用図記号(JIS Z8210)(令和元年7月20日)

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東京オリンピックの前年、1963年に完成した地下1階・地上5階の館林市旧本庁舎は、故・菊竹清訓氏が設計し、細部のデザインを故・田中一光氏が務めています。 この旧庁舎のトイレに実は、翌年の東京五輪で採用されるトイレのマークの原型が、田中一光氏の手によって制作され、採用されているのですね。 当時の情報に詳しい、同市出身のデザイナー・田中茂雄氏(館林市の市民センターの保存プロジェクト、の代表)に聞くと、1963年にトイレのピクトグラムが制作されていたという事実が、1963年9月号『建築』(青銅社)で明らかにされていると言います。 下に掲載した画像は、故・田中一光氏が館林庁舎に制作したピクトグラムを、田中茂雄氏がトレースしたイメージになります。 間違いなく男女のマークを用いて、トイレのサインを制作していますよね。 後の1964年に採用されるサインの原案は、庁舎竣工の1963年の段階で既に存在していたと分かります。 しかも着工は1962年7月ですから、1962年の段階でアイデアができていた可能性もあるはず。 引き続き米国の国際航空運送協会(IATA)によって1962年に発行された『空港設備設計に関する手引書』の初版について、調査を進めています。 2020年の東京オリンピックの時期を迎えたら、用を足すついでに会場のトイレのマークをチェックしてみてください。 何でもないトイレのマーク1つをとっても、前の東京オリンピックを契機に世界に広まり、また東京に戻ってきたというユニークな歴史があるのですね。 無断転載はご遠慮ください。 [Photos by ].

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